『明治人物夜話』森銑三――書評
知りたいこと、関心のあることだけを抜き書きしようとしたのに、気がつくとほとんどをノートに写していたことがある。とくに森銑三氏の著書にはそういう魅力がある。
良書とは、要するに著者の誠実な心から生まれて、その意図したところが十分にかつ的確にその内に表現せられているもの、そして完全に著者その人のものとなりきっているいるものといってよくはなかろうか。(略)
誠実な心から生まれた書物ならば、虚心坦懐にその書に対する内に、著者の心持ちが、しっとりと読者の心に受け入れられて来るはずである。――森銑三・柴田宵曲『書物 』
森銑三氏は誰よりも誠実な心で人物を研究し、誠実に表現しようとした人だったのだろう。
明治人物夜話
おもに近世について研究していた森さんは、収集していた資料を戦災でうしなわれた。そうした不運に見まわれたあと、研究対象を近代に移行し、その成果の一端が窺うことができるのが『新編 明治人物夜話 』です。
明治は文明開化の時代であり西洋の文化を咀嚼し近代化するために、優れた才覚の持ち主たちがあらゆる分野に挑戦した。
とはいえ彼らは万能ではない。ずば抜けた才覚があると同時に、欠点もあり、過失もあり、近代化を果たしていない日本そのものにも障壁があり、それでも試行錯誤を繰り返し、努力を重ね困難を乗り越えている。
時代の隔たりと、超人的な功績のためにかけ離れた存在とおもえる偉人が、森銑三氏の誠実な叙述で描かれた人物像により親近感を覚える。
明治天皇からはじまり、西郷隆盛、勝海舟、栗本鋤雲……、尾崎紅葉、陸羯南、森鴎外、幸田露伴、夏目漱石、三遊亭円朝……その他にも現代では語られることが少なくなった人物たちが書かれている。
興味のある人物が扱われているだけで嬉しいし、知る機会がなかった人物も森さんの叙述により魅力的にうつる。
明治に興味がある人は、是非とも読んでほしいです。描かれている人物とともに魅力的なその文章を味わってほしいとおもいます。