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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

筆を執ることを嫌った大隈重信

明治時代

大隈重信が筆を執らなかった理由は諸説ある——字が下手であるためだったとか、それほど下手ではなかったが席次の低いものに能書きがいたためだったとか——が、とにかく、5年や10年その邸宅に出入りした者ですら、大隈が筆を執るところは見れなかったといわれる。それほど筆を執ること、字を書くことを避けていたようだ。

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筆を執らなくなったのは少年の頃からだったという。あるとき母が、先代の法要をするから親戚に手紙を書くようにと言いつけた。それで手紙を書く事は承知したけれど、どうしても筆をとる気になれず、口頭で告げたほうが早い、と家を飛び出し、二里*1も三里もある親戚のところまで歩いていったとのことである。

 

尾崎行雄は次のように語っている。

長崎に留学して居った頃なども、書生の身でありながら、書記を二人位連れて居って、代筆させたそうだ。私も意見書などを頼まれたことがあります。『こういうものを書いてくれ』というので、書いて持って行く、気に入らない所を直そうとする。そこに硯箱があるので、筆を取って消したら宜さそうなものだのに、そうはしない、小刀を以て気に入らぬ処を切るのです。それほど筆を持つことが嫌いでした。

あるとき尾崎は、筆を執らない理由を大隈に訊ねたが、答えが曖昧ではっきりとしたことはわからなかったという。

 

なかには、大隈の書く字が見たい、どうにかして書かせようと企む人もいた。某人はあるときわざと難しい字を訊ねた。すると、
「それは、その何じゃ、こう書くのじゃ」と大隈は指で空中に字を書く。そこで、字を訊ねた男が、火桶の火箸をとって、灰のうえに間違った字を書き、「こう書くのでしょう」ととぼけると、大隈は釣り込まれて、火箸をとって字を書こうとした。が、寸前にハッと我にかえり火箸を灰に突き刺して、
「違っている、こうじゃ」
とやはり太い指で空に字を書いたとのことである。
それには男も閉口して、「とても伯は乗せられるような凡人じゃない。いかなる場合にも隙を見せぬところはさすがじゃ」と推服したという。

*1:一里は3,9キロ

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