高杉晋作にはどうしてもかなわない――とある医者の話
「俺は残念ながら、どうしても高杉にはかなわない。それもどこがどうという訳でもないが、いつでも奴には押さえつけられるような気分がして、自然負けるようになる。これは実に不思議でならぬ。どう考えてみてもその理由がわからぬ」
と福岡のある医者は、人に語っていたという。
この医者は当時の有志と往来がある人物で、頭山満によれば「豪(えら)い医者」だったそうだ。
高杉晋作が福岡に潜伏していたときに懇意となり、足繁く往来していた。
この医者は病気に罹って、いよいよ助からないという間際に面白いことを言っている。
「ああ、今の気分であったなら、高杉には負けなかったのだ。残念なことをした。しかし、あの時分から高杉という男は、常に死という諦めが、ちゃんとついていたものと見える」
頭山満はこの話を、
「この医者もなかなか偉いが、それから考えて見ても、高杉という男は、いかに生死のうえに超脱しておったか、ということが窺われる。それだからあのとおり、臨機応変の活動ができたことであろう」と結んでいる。
参考:頭山満『肝っ玉』