ナポレオンとゲーテ
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ナポレオンが欧州を蹂躙していった時代
いくつもの国に分かれていたドイツは、ナポレオンに制圧されます。
そのひとつにヴァイマルという国があります。決して大きな国ではない。が、ナポレオンとヴァイマルの宰相との対面は、2つの偉大な人格が邂逅した瞬間として記録される。つまりナポレオンとゲーテが面会したのです。
ナポレオンは書物を最後まで読まなかったという逸話があります。しかしゲーテの「若きウェルテルの悩み 」は七度も精読していて、エジプト遠征の陣中にも持ちはこんでいた。
そういう意味でこの対面は、戦勝国の将軍と敗戦国の宰相というよりも、第一流の雄傑と文豪の交流となった。
『ウェルテル』を「刑事担当判事が一件書類でも調べるみたいに、研究した」(エッカーマン「ゲーテとの対話 中 」)ナポレオンは、鋭い吟味には耐えられない不自然なところが作中にある、とゲーテ本人に指摘する。
ゲーテは戦慄した。作者も、当時の批評家も見逃していた欠陥だった。それで、
一見何の縫い目のないような袖にも実は隠された縫い目があるのを発見してしまう、すぐれた仕立屋とナポレオンはよく似ている――『ナポレオン大いに語る』――
と、ナポレオンの眼光に感服せざるえなかった。
それからナポレオンは、カエサルを題材として扱うべきだとゲーテにすすめ、パリに招聘しようともする。が、ゲーテは応じなかった。
ゲーテはあくまで一国の宰相である。だから、誘いを断ったのかもしれない。あるいはナポレオンに宿る強烈なデモーニッシュから逃れるためだったのかもしれない。
それでもナポレオンと直に交流したことと、落魄を客観的に観察できたことは、デモーニッシュ(魔神的)なるものを分析するうえで、有益だったのだろう。
もちろんゲーテがナポレオンに協力していたら――たとえばアリストテレスとアレキサンドロス大王のように――と、空想することも楽しい。それも歴史のおもしろさですよね。