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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

26杯のお汁粉を平らげた桐野利秋

幕末・維新

幕末の頃、つまり桐野利秋がまだ中村半次郎と名乗っていたころの話。

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photo credit: 花見こもち, ぎおん特屋, 原宿 via photopin (license)

 

京都四條畷の曙で、お汁粉26杯を平らげたことがあった。それに感心した店主は、

「手前ども開店以来いく年月のあいだ、百千のお客様の御入来を頂きまして、随分沢山にお上がりの方もありましたが、26杯というそんな大した方は全くはじめてで御座います。どうかお名前を店に張り出して、店の名誉と致しとう御座いますから……いーえどう致しましてお勘定など頂くわけには参りません、どうぞお名前を」
と讃える。

 

「けしからぬことを言うな、26杯食ったというて店の名誉に我輩の名前を書き出されてたまるものか。我輩は薩摩の中村半次郎と申する者じゃが、そんな不都合なことをすると承知せぬぞ」
と桐野は断る。

 

店主は、目の前にいる男が人斬りとして恐れられている”中村半次郎”だと知って驚き、
「ああこれは失礼、あなた様があの薩摩の中村さま、ええ道理で……へーへー決して張り出しは致しませんが、お勘定は頂きません」
とどうしても代金を受けとろうとしなかったが、桐野は無理に相当の代金を支払って立ち去った。

 

桐野が薩摩藩邸に戻ると、沢山のお汁粉が届けられた。先ほどの店主がお礼として薩摩邸に贈ったのである。仕方なく、薩摩藩邸にいた者たちでそれを食べることにした。

その後桐野は「ただで貰うわけにはいかぬ」と薩摩絣一反に金子一両をお祝儀として贈り、「馬鹿らしい高い汁粉になったよ」
と笑ったという。

 

以上は桐野の親友有馬藤太の懐旧談『維新史の片鱗』にある逸話。

 

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