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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

児玉源太郎の部下への思いやり

明治時代

児玉源太郎がまだ連隊長だったころ、炊事係を怒鳴り散らしたことがある。


「空腹で疲労がなおるものではない。何をぐずぐずしている」

 

これは演習を終えた部下の身体のことをかんがえて叱ったものである。彼は普段から、
「明日の演習のために、すみやかに宿舎で休め」
などと部下に声をかけていた。

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また日露戦争中のころ兵士の弁当を試食してみると粗悪だったので、炊事当番を叱りつけて食事を改善させたこともある。

 

これらのエピソードからわかるように、彼は兵士の体調や健康に細心の注意を払っていた。軍隊に与える影響を考慮していたのかもしれないけれど、それ以上に児玉大将の情の深さからきていたようで、日露戦争中は多忙を極めていたにもかかわらず、時間があるときには必ず部下のもとを訪れ、挨拶を交わして激励することを忘れなかったという。

部下のもとを訪問するとき、部屋の前でことさらに大声で話しかけてからドアを開き、突然の来訪でもまごつかせないように配慮していたとも伝えられる。


秘書官をつとめていた関屋貞三郎*1は、日露戦争中の児玉大将は部下のために俸給を投げ出すのを惜しまなかった、という逸話を語っている。

総司令部にいる間に私の非常に感心したことが一つあります。それは児玉さんの俸給についての問題です。児玉さんの俸給というものは満州軍から出る、と同時にまた台湾総督としての俸給も出る。その上に加俸がついているのですから、この総額はかなりのものでした。私はこの俸給を児玉さんに代わって経理部から受領していましたが、二、三ヶ月もたまった時、ずいぶん邪魔になって仕方がないので、内地の児玉さんの留守宅へ送ってしまいました。ところが、それが児玉さんにわかって非常に叱られました。この時はいつもの児玉さんでなく、全く別人でありました。私が児玉さんに叱られたのはこれがはじめてであります。――『軍談』 

児玉大将は、その俸給全部をはたいて、缶詰やシャツ、酒、タバコなどを部下に分与して慰撫していた。部下への愛情が深かった分だけ、関屋への叱咤も激しくなったのだろう。

しかも自分の俸給から出した品でありながら、「総司令官より足下等に賜る品」と称して、好意を他人に帰して、自分は部下が喜ぶ姿を見て楽しんでいたと伝えられる。


こうした児玉大将の行動は、部下を感服させるに充分であり、士卒はこのために尋常ではない労苦を乗り越えて奮励した。
児玉大将は才智のみでも優に名参謀たる資格を失わなかっただろうが、機略縦横の才が余すところなく発揮できたのは彼の人情味によるところが大きいのではないだろうか。

 

*1:台湾総督秘書官。日露戦争のとき児玉大将が台湾総督を兼任していた関係から、総司令部で働いていた。

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