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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

王陽明の逸話と格言

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photo credit: Qiandaohu (1000 Islands Lake - Zheijiang Province, China) via photopin (license)

落第したときに仲間を励ます

25歳のとき、陽明は2度目の進士の試験をうけて落第した。このとき落第したのを恥じているものがいた。陽明は彼らを慰める。
「世間では落第するのを恥と思っているが、私はそのために心が動揺するのを恥とする」

陽明はその後も勉強に励み、28歳のとき試験に合格する。

道家と仏教の非を悟る

試験に合格した年、馬から落ちて喀血した。これが原因となり肺病になったといわれる。
その翌年、司法官で激務をこなし、夜中も勉強に励んだことが祟って気管支炎にかかった。さらに翌年の3月、ふたたび喀血。医師は療養することを勧めたが、陽明は勤務し続ける。
 
ついに31歳とき、肺病が重くなり、郷里で療養することとなる。

このとき陽明は世を捨てようと禅や道学に打ち込む。しかし肉親への情はどうしても捨て去ることができず、悟るところがあった。
この肉親に対する念は生来のものである。この念までも捨て去るならば人間ではなくなってしまう。これは大きな誤りである。儒家が道・仏二家を排斥する理由はここにある」

同じ頃、三年のあいだ一語も発せず、一物も視ないでひたすら坐禅につとめている僧侶がいる寺を訪れる。陽明は僧侶を叱った。
「これ和尚、一日中、口をぺちゃぺちゃさせて何をしゃべっているのか。目をきょろきょろさせて何を見ているのか」

その僧は驚いて立ちあがり、陽明に礼をした。陽明は彼と問答して、彼が母親のことを忘れられないのを知り、
「親を愛するのは人間の生来のものである」
と説いて彼を諭した。

知行合一

陽明は37歳のとき、宦官・劉瑾を弾劾するが、このために法廷で杖罰40を受ける。一時は気絶したが生き返り、貴州省の竜場に流謫となる。この地で大悟し、知行合一を説くことになる。

「もし行っても明知がなければ、それは妄行であります。(略)知っていても篤実さがなければ、それは妄想であります」(王文成公全書)

 

「知行はもともと二字でもって一つの修行をいったのであります。この一つの修行は、この二字によってはじめて完全に弊害なく説明されます。もし、かなめのところがはっきり見えてそれが本来一つであることが分ければ、知行を分けて二つとなし説いても、結局一つの修行となります。初めは融合するまでに至らなくても、いわゆる『いろいろ思慮しても、帰するところは一つである』というようになります。もし、かなめのところがはっきり分からずに、知行はもともと二つであるとするならば、知行を合して一つだとしても、おそらく心は落ちつかないでしょう。まして、またこれを二つに分けるならば、とうてい心は落ち着くところに至らないでしょう」(王文成公全書)

 

「もし行っても明知がなければ、それは妄行であります。(略)知っていても篤実さがなければ、それは妄想であります」(王文成公全書)

 

「知行はもともと二字でもって一つの修行をいったのであります。この一つの修行は、この二字によってはじめて完全に弊害なく説明されます。もし、かなめのところがはっきり見えてそれが本来一つであることが分ければ、知行を分けて二つとなし説いても、結局一つの修行となります。初めは融合するまでに至らなくても、いわゆる『いろいろ思慮しても、帰するところは一つである』というようになります。もし、かなめのところがはっきり分からずに、知行はもともと二つであるとするならば、知行を合して一つだとしても、おそらく心は落ちつかないでしょう。まして、またこれを二つに分けるならば、とうてい心は落ち着くところに至らないでしょう」(王文成公全書)

 

「私が知行合一を説くのは、現代の偏りを補い、弊害を救うためでありますが、しかし、知行の本体はもともとこのようなものであります。貴方が身心について着実に実行されるならば、直ちに自分でお分かりになれるでしょう。ところが今は、言語や文義によって知ろうとするだけであります。だから、それにひかれてまとまりを失い、解けば解くほどでたらめになっております。これこそ知行が合一になり得ない弊害であります」(王文成公全書)

立志

黄宗賢(こうそうけん)が会いに来た。聖人の学は長いあいだ行われなくなったが、貴方はどうかと尋ねると、宗賢は、
「志はあるにはありますが、実地に修行するまでに至っていません」
といった。陽明は、
「人は志がないことに気づかうべきで、修行のことは気づかうには及ばない」
といって、立志が大切だと説いた。

「志が立たなければ、この世では何事も成し遂げることはできない。技芸はいろいろあるが、みな志が本となって始めて成し遂げられるのである。今の人々が怠け心がついて歳月を空しく費やし、何も成し遂げられないのは、みな志が立たないからである。だから志を立てて聖人となろうと思えば聖人になれる。志を立てて賢人になろうと思えば賢人になれる。志が立たないのは、舵のない舟、轡のない馬のように、どこへ行ってしまうかわからない」(全書)

 

「学問は立志より大切なものはない。志を立てずに学問をしても、それは木の根を植えずにいたずらにこれに土をかけ、水を注ぐことにつとめるようなもので、苦労しても成功しない。世の人々の中に、ぐずで、やることもいい加減にし、俗事に随い、悪事に染まって、ついにだめになってしまうものがいるが、それらはすべて志が立たないからそうなるのである」(全書)

 

匪賊を討伐

陽明は動乱地方の巡撫を命じられた。このとき、匪賊との初戦で敗北した。諸将が、兵を調達し半年ほど訓練してから再挙すべきと意見を立てると、陽明は、
「兵は宜しく時に随うべし。変は呼吸にあり。豈(あに)宜しくおのおの成説(固定的な考え方)を持すべけんや」
と、すぐに出撃する。しかも秋に再挙する敵を欺き、瞬く間に賊を平定した。

その後、陽明は軍事提督となる。寧王の反乱のとき、陽明はつぎのように告諭した。

人が誰でも恥ずかしいと思うものは、我が身に盗賊の名を被るに及ぶものはなく、人が誰でも憤るものは、我が身が強盗の苦しみに遇うに及ぶものはない。今もし、ある人がお前たちを罵って強盗だといえば、お前たちは憤然として怒るであろう。また、もし人がお前たちの家を焼き、お前たちの財産を奪い、お前たちの妻女を誘拐するならば、お前たちは必ず骨身に沁みるほど恨みを懐き、死んでも必ず報復しようとするであろう。しかし実はお前たちがこういうことを人に加えているのである。これを恨まない人がいるであろうか。この心は誰でも同じである。お前たちだけがこれを知らないはずはあるまい。
 だのに、必ずこういうことをしようとするのは、そこにはやはり、やむを得ない事情があるからではなかろうか。それは役所から圧迫されたり、富貴なものから強奪されたりすることがあったせいかも知れない。そのために、一時錯(あや)まった考えを起こし、誤って賊の中に入ってしまい、ついにそこから逃げ出すことができなくなったのである。このような苦しみを受けることは誠に気の毒で仕方がない。しかし、それもお前たちが心から後悔しないからそうなったのである。お前たちが当初賊に従ったのは、生きている人が死出の路を尋ねたことになる。それでもなお賊に従おうと思うものは、それをするがよい。今、行いを改めて善に従おうと思うものは、死人が生きる路を求めるようなものである。だのにそれを進んでしようとしないのはなぜか。もし、お前たちが当初賊に従ったときのように、今度死ぬ覚悟でそこから出てきて、行いを改め、善に従おうと思うならば、わが役所の方とて必ず汝らを殺すはずはない。お前たちは長いあいだ悪毒に馴らされ、人を殺しても平気になり、しかも猜疑心が強い。だから我々お上の心が分からなくなっているのである。
 理由がなければ一匹の犬や鶏を殺すことさえ忍びがたい。まして天にかかわる人命はなおさらのことである。もし軽々しくこれを殺すならば、知らないうちに必ず天の報いがあって禍が子孫に及ぶであろう。だのに、何を苦しんでそれをしようとするのか。私はお前たちのことを思うてここまでくると、いつも一晩中安らかに眠ることができなかった。お前たちのために生きる路を尋ねようと思わないわけではないが、お前たちは頑冥で受け容れてくれない。そこで、やむを得ず兵を興すのである。これは私がお前たちを殺すのではなく、天がお前たちを殺すのである。今の私にお前たちを殺す心がないといえば、それはお前たちを欺くことになる。もし必ずお前たちを殺すのだといえば、それはまた私の本心ではない。
 お前たちはいま悪に従っているが、始めは同じく朝廷の赤子である。たとえば、父母が同じく十人の子供を生んだとする。その中の八人が善行をなし、二人が悪逆で、八人を殺そうとすれば、父母は二人を除いて八人を安らかに生活させようと思うであろう。同じ子供であるのに、父母はなぜ二人の子供だけを殺そうと思うのであろうか。それはやむを得ないからである。私のお前たちに対する思いも全くこれと同じである。もしこの二人の子供が一旦悪行を悔やんで善に還り、泣き叫んでまごころを表すならば、父母たるものはまた必ず憐れんでこれを許すであろう。なぜならば、その子を殺すに忍びないのが父母の本心であるからである。もしその本心を遂げることができるならば、これに勝る喜びや幸せはない。お前たちに対する私の思いも全くこれと同じである。
 もし、私のいうことを聞いて行いを改め、善に従うならば、私はお前たちを良民とみなし、お前たちを赤子のように愛撫し、お前たちの過去の罪を咎めない。もし、習いすでに性となってこれを改めにくいならば、お前たちのしたいようにするがよい。そのときは、私は南の方、広東・広西の狼達を徴用し、西の方、土兵を徴用し、親(みずか)ら大軍を率いてお前たちの巣窟を包囲する。一年でやり遂げられなければ二年かかってもやるし、二年でやり遂げられなければ三年かかってもやる。お前たちの財力には限りがあるが、私の方には兵糧はいくらでもある。たとえお前たちが翼を持つ虎になっても、誠に天地の外に逃れることはできない。
 ああ、民はわが同胞、お前たちはみなわが赤子であるのに、私は結局救うことができずに殺すことになるのであろうか。痛ましいかな、痛ましいかな。ここまで述べて思わず涙がこぼれた。(全書)

 

万物一体

晩年、陽明は『抜本塞源論』により、万物一体の思想を説く。

そもそも、聖人の心というものは、天地万物を一体として、人と我とを区別せず、天下の人々に対しても、内外遠近の区別をせず、みな兄弟や赤子のような親愛の情をもってその生を保全し、これを教化して、その万物一体の心を実現しようと思わないことはありません。天下の人々の心も、もともと聖人の心と異なるところがあるわけではないのですが、ただ私意や物欲のために妨げられて、大きい心も小さくなり、人と相通ずる心も塞がるから、人々は個々別々の心を懐くようになって、結局、父子兄弟を視ても、これをあだ仇のように思うようになりました。聖人はこれを憂慮し、天地万物を一体とするところの仁心を推し進めて天下の人々を教化し、人々がみな私心に打ち克ち、物欲を去って、誰もがみな生まれつき持っている心の本体に復帰させようとしたのであります。


ところが今日では、功利の害毒が人々の心の髄まで浸透し、幾千年の間に、その習慣が本性のようになってしまいました。そのために、人々は互いに知識を誇り、権勢を競い、功利を争い、技能を高ぶり、栄誉名声を取り合っております。出仕して官吏になっても、財政を司るものは、軍事や司法の職を兼任したがり、儀礼や音楽を司るものは、更に人事の仕事に参与したがり、軍や県の行政を司るものは、節度使のような高官になりたいと思い、天子を諫める官にあるものは、宰相の要職を望むという有様であります。しかし、その事務を遂行する能力がなければ、その官職を兼ねることはできないし、多くの学説に通じなければ、栄誉を求めることはできません。暗誦が広ければ、慢心を増長させるに好都合であり、知識が博ければ、悪事を働くに好都合であり、見聞が博ければ、弁舌をほしいままにするに好都合であり、文章力が豊かであれば、虚偽を飾るに好都合であります。ですから、皐陶・后稷・契が兼ねることのできなかったことでも、今日では初学の若輩さえ、その理論に通じ、その技術を究めようとしております。表向きの言葉を聞けば、自分は天下のために働きたいといわないものはいませんが、偽らぬ心のうちを探ってみると、このようにいわなければ、私欲を遂げることができない、と考えているのであります。

 

 ああ、今の人は、このような永年の悪習と、このような功利的な心だけでなく、更にこのような学術を研究しているのですから、彼らが聖人の教えを聞いても、それは、現実に適しない無用の長物だと思うのも当然でしょう。そうなれば、彼らが良知だけではもの足りないと思い、聖人の学問は役立たないというようになるのも、また当然の成り行きであります。ああ、士として、このような時世に生まれたものは、果たしてどのようにして聖人の学を求めたらよいのでしょうか。どのようにして聖人の学を論じたらよいのでしょうか。士として、このような時世に生まれて学問しようとするものにとっては、何と苦労と艱難が多いことでしょうか。何と障害と危険に満ちていることでしょうか。ああ、何と悲しいことでしょうか。
 幸いなことに、天理はすべての人の心中にあって、永久に亡くなることがなく、良知の輝きは、万古一日のように変わることはありません。ですから、私の抜本塞源の論を聞けば、必ず悲しみ、痛み、奮起するものが現れて、その勢いは江河の堤を破って奔流する水のように、防ぎようがないようになるでしょう。これを期待できるものは、誰にも頼らず自分の力で起き上がる、豪毅で傑出した人以外にありません。

これこそ孔子の「仁」の発展であり、良知により万物一体することは陽明学――心学の真髄といえよう。
「宇宙内のことはすなわち己が分内であり、己が分内のことがすなわち宇宙内のこと」と陸象山が語ったように。

参考資料

 

 

王陽明小伝

王陽明小伝

 

 

現代の陽明学

現代の陽明学

 

 

 

 

王陽明研究

王陽明研究

 

 

 

伝習録 (岩波文庫 青 212-1)

伝習録 (岩波文庫 青 212-1)