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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

大久保利通の威厳と風貌

大久保利通関連

大久保利通の威厳についてはいろいろとエピソードがある。

 

大久保とともに内務省で勤務していた速水堅曹(はやみ けんそう)は、士族授産などつまらぬと口にしたところ、大久保に叱られたと語り、その恐ろしさについてつぎのように語っている。

 

大久保公はギロリと私を睨んで「すでに勅が出た」とただ一言いわれた。ピシリと頭に応えて、私は黙って還ったが、イヤもう恐ろしい威厳で、私は生涯あんな怖いことはなかった。――『大久保利通

 

参議全員から賛成を得た建議案ですら、「もう一篇よくお考えになったらいいでしょう」と大久保が言っただけでその案が潰れたという。

 

大名が臣下の言を潰し、富翁(ふおう)が目下のものの言を潰すことは無論あるが、大久保のはそんな金力や権力の助けなくして、ただその人物の偉かったからである。よく考えたらいいでしょうの一言で以て諸参議の賛成案もたちどころに潰れた威重は、要するに、あの人の至誠国に尽くす心、己を空しくして国のためにした、あの人格の力である。――林薫伯談『大久保利通 (講談社学術文庫)

 

林董が述べる「人格の力」は、明治六年の政変ときにも発揮されている。西郷と対立すれば薩摩という大きな後ろ盾を失い、権力の維持が困難となるにもかかわらず大久保は厳然とした態度で立ち向かい、西郷の遣韓使節任命を粉砕した。

 

西郷は唯一無二の親友である。しかし国家のためならば私情を押し殺し、征韓論(遣韓論)を打倒したのである。

しかもこのとき大久保は死を覚悟していて、

(参議の任を引き受け、征韓論争に加わるのは)この難に斃れることで無量の天恩に報答を申上げると決断したからであります……(中略)

私は一身上において一点の思い残すこともありません。ただ企望するところは、私が憂国の微志を貫徹することで各々が奮発勉励し、心を正し知見を開き、有用の人物となり国のために尽力して、私が余罪を補っていただけるよう心がけることをお願いします。

 という遺書同然の書を認めていた。

 

林董は明治六年政変における態度を「疾風怒濤のなか屹立する灯台となり、暗黒のさきに一条の光明を放ち、航海者たちの航路を誤らせない観を呈していた」と評している。

 

礼儀正しさ

一挙手一投足たりともないがしろにせず礼節を重んじていたこともまた大久保の威厳を倍加させていた。

 

大久保はたとえ部下であろうとも、”さん”付けで呼び、お辞儀も丁寧だった。呼び捨てにすることなどは決してなかったという。
 

 この点は大西郷がよく似ていた。同じ学校で育った人でないかと思われるほどよく似た風であった。しかし、大久保公は大変威厳のあった人で、前へ行くと、威厳に撲たれるような感じがしました。――高橋新吉氏談『大久保利通 (講談社学術文庫)

 

風貌

大久保の風貌にも、威厳を感じさせるものがあったようで、大隈重信はつぎのように語っている。

 

とにかく大久保は偉かった。第一その人物骨格が見るから偉人たることを証明していた。非常に威望があった。一見して人を圧するような容貌であった。それに身躯(からだ)の権衡が十分に取れていて、すこぶる達者らしいし、西郷のような不細工な身躯でなかった。この骨格、体躯、容貌、これらは大久保に非常な光彩ともなり、特徴ともなっていた。――大隈重信談『大久保利通

 

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また米田虎雄も、大久保は背が高くスラッとしていて、骨格なども実に立派で、体質も丈夫だったと語っている。洋行中、西洋人にもひけをとらなかった、とは高橋新吉氏の談話である。

 

 留学生の書生連中が、一行の帰ってからの批評に、どうも外国人と話をして、対等の威厳態度があるものは大久保さん一人だ、外の人はいかにも貧弱で、見すぼらしくて、田舎者が東京の紳士連中と話しているようで、見ていても気が引けるようだが、大久保さんだけは西洋人もその人物、風采、態度には敬服尊厳している風が見えるというのが皆の一致した批評でした。――高橋新吉氏談『大久保利通

 

この高橋新吉氏の談を新聞で見ていた久米邦武氏は、大久保とともに岩倉具視木戸孝允の三人は、西洋人も感心していたと訂正し、別の回では、

 岩倉、木戸、大久保の三人は、西洋人もその骨格からして外の人とは違うと言っていた。私は骨相学上のことは深く知らぬが、この三人は外の人々とは骨相が違っていたものらしい。――久米邦武氏談『大久保利通 

 ということを話している。この三人は明治政府のなかでも実力も威厳も別格だったことは伊藤博文も言っている。最後に佐藤進氏の談話を紹介する。

 

公の風貌は他諸君の談話にも尽くされてある如く、眼光炯々として鋭く輝き、頬より顎にかけて漆黒なる髯(ひげ)を厳めしく垂れ、一見人をして覚えずその権威に畏敬の念を懐かしめ、加之(しかのみならず)寡言沈黙いやしくも口を開かざるため、善く言えばますますその権威が加わり、悪口をするとなおなお窮屈と畏怖(こわさ)が増すのであった。――佐藤進氏大久保利通 (講談社学術文庫)

 

 

 

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