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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

早川勇を危難から救った中岡慎太郎、自ら斬られに行こうとした早川勇

「馬関の稲荷町へ女郎買いへ行こう」
と、中岡慎太郎がすすめた。誘われた早川勇は、中岡慎太郎が遊里に足をふみこむ性分の人ではないので、怪しんで訊いた。
「それは君に不似合いなことと思う。僕の気を引くためか。そんなことに心を奪われていると思うか」
「いや、実は明日、遊撃隊が出発するものだから、行きがけの血祭りに君を斬ろうということだ」
 早川は五卿転座のために馬関へ来ていた。八月十八日の政変により京都を追放された7人の公卿は長州藩に落ち延びていた。

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 しかし第一次長州征伐のころ、長州藩は幕府に恭順する俗論党が権力を握り、長州に残っていた5人の公卿を九州に移す和平条件をのんでいた。
 転座に反対していた勢力のひとつが遊撃隊で、早川勇は彼等に脅かされたり、鉄砲を持った隊士にかこまれたこともある。いつ斬られてもおかしくない立場にあった。

 中岡はつづける。
「つまらぬ者に首を斬られるのは、君も残念だろう。僕は情誼一片でいうのではない。ここまで事を運んでおいて、そんなことになっては始末はだれがどうしてつけるのだ」
 その瞳には真剣な熱が込められていた。中岡と議論が合うのは自分だ、と早川も知っていた。それだから、同じ任務にあたって同じように危うい月形洗蔵ではなく、早川を誘っていた。
 その心遣いにそむくわけにはいかない、と心が動きかけていたとき、
「行ったうえで死ぬようなことになれば、それまでの運命だろう」と、中岡が軽く言った。ふたりは、大坂屋という妓楼へむかった。
「ここにも来るかも知れないな」と、ふたりは近所の料理屋へ移る。娼妓も連れて行った。途中、真木菊四郎も合流した。
「今晩は早川を守護しよう」と、料理屋の二階で飲んでいた。もちろん、安眠できる状況ではない。夜が明けはじめたころ、料理屋の戸をたたく音が響いた。

「さては遊撃隊の者がやって来たに相違ない。どうしてくれよう」
 真木と中岡はそう言って、部屋の入り口の両側に立つ。
「長刀じゃ長すぎるな」
と、短刀を抜いた。
「しかし、短刀もみじかすぎる」
「だれかもう少し手ごろなのは持っていないのか」
 二人はそんな話をしながら、あがってくるのを待った。足音が近付き、殺気がみなぎる。戸が開かれる。
「あッ」と、早川は驚き、笑う。
 そこに現れたのは、早川の上司だった。早川が旅宿にいないので、夜の明け方までかかって探していたのだった。
 その日はなにごともなく宿に戻ったが、早川は不安になった。この日、遊撃隊が襲ってくれば、己だけではなく、同じ任務に当たっている同志が危うくなる。彼等が直接狙われないとしても、己が襲われたのを知れば、加勢して戦うだろうから……。
「ならば斬られにいこう」
 自らが犠牲になることで、遊撃隊の暴発を止めようとした。そして遊撃隊の亀山陣営へとむかった。伊藤俊輔が出て来て、早川に言った。
「これまでのことは間違いであった」
 その後五卿は太宰府に移された。

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