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幕末維新備忘録

幕末から明治維新に関する備忘録

史上の人物をおもいだし非難を乗り越えた

 最近ブログに集中できずにいた。仕事が忙しいことも理由のひとつだったが、人間関係で面倒なことがあり、更新ができなかった。

 タイトルにあるように職場で非難された。理由そのものは取るに足らないのに、発信者が上司に気に入られていたため、ことが面倒になった。
 それでも、この一件は多くの教訓をあたえてくれた。

 

歴史とブログに助けられた

 陰口をたたかれ気分はよくなかったが、余裕をうしなうほどではなかった。ことの真相は些事を拡大解釈しているにすぎない。それに相手のあさましい言動には、動揺するより毅然と対処すべきで、真相がわかれば、非難した側が不利益になるのは明かだから。
 王陽明司馬遷について書いていたことが、自分には幸いだった。

 

 

 

彼らが苦境において先人を思いだしたことを見習って、自分も讒言された偉人を思い出していた(おおげさだけど)。
 僕とは次元もスケールもちがうけれど、偉人のおおくが似通った問題にぶつかった。西郷隆盛は久光側近に讒訴され、武田信玄は父の妬心のために冷遇され、王陽明は宦官により左遷され、司馬遷は主君の気を害したゆえに宮刑をうけた。
 いずれも共通していることは、小局にこだわる敵のために苦しめられるが、大観することで敵とおなじ過ちを犯さず、哲人的風格を養ったことだ。哲人皇帝マルクス・アウレリウスは「最もよい復讐の方法は自分まで同じような行動をしないことだ」と自省録に書きとめていた。

自省録 (岩波文庫)

 自分の場合を省みると、たとえ拡大解釈されたにせよ、悪感情を抱かせる非があったことは認めなければいけない。
 敵をつくるのは自身の過失。過失をそのままにしておいたのは無能である。無能だということを晒したのだから、陥れようとする気分を生じさせてしまったのだろう。
 
 僕は哲人的風格を養ったとまではいかないが、このたびの問題によって、史上の人物を内面から観察できた。そうすることで毅然と対処できた。多くの時間とエネルギーを消費したけれど、問題は解決した。くわえて史上の人物とのつながりを実感。これから記事を書くうえでの大きな資産を手に入れた気がする。

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